プリント


東京オリンピック シンボルマーク騒動について。

まず、センスも想像力も乏しい素人が意見をするな。
自分の服装から身の回り、発する一語一句をよく見てみろ。

「最終的に受け取る側、多くの一般の人間の感想が大事」

アホかと。
そうやって、一般の意見に迎合した結果
日本のTVも映画もカーデザインも見るに耐えられないものになったのだ。
デザインに民主主義は不要である。


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「あれなら招待ロゴの方がいい」

勘弁してくれ。
あんなもの、制作に着手する上で最初に思い浮かぶアイデアだろう。
東京芸大の学生がデザインしたそうだが、納得である。
今回の佐野研二郎氏がデザインしたものとは雲泥の差である。



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デザインとお笑い芸人はよく似ている。
どこまで素人さんのレベルまで下げるか、
それとも突っ走るのか。

松本人志の全盛期と、一発屋芸人。
私達は松本人志が出してくれたアイデアによって、
彼の言葉を借りれば “格段にお笑い筋肉が鍛えられた”のだ。
発信する側が迎合するのではなく、私達が寄せていかなければならない。

ただ、部屋で黙々コソコソと作業ができるデザイナーより
客の前で一発本番で披露しなければならない芸人の方が数倍大変である。


今回のデザインで類似物があったということは、
「誰かと同じアイデアレベルで作ってしまった。」
ということだけで、それは、本人が一番悔しい気持ちでいると思う。


そんなコトより!
私が今回「コレはいかんぞ!」と感じるのは
パラリンピックの方だ。

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二本の長方形は「=」イコール。平等を表しているのだと。

ちょっと待ってくれ。
健常者と非健常者が平等であるのならば、
わざわざ「平等」を意識する必要は無いだろう。

平等と思ってないから平等と言うのであって
それは非健常者を見る健常者目線ではないか?
そこには、明確な”区別”が浮き出てくる。

オリンピックに出場する人はスポーツの限界の極みを目指して
パラリンピックに出場する人は平等を目指しているのか??
違うだろう。そうじゃないだろう。


何かアレを思い出す。
服屋とかで超かわいい子が超ブスな女友達に
「○○子、かわいぃ〜っ!!」
って言ってるシーンを。




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